祝辞





  祝  辞



 大阪市仏教会会長
 太融寺

  麻 生 弘 道

仏教をクリエイトする





仏教をクリエイトする




 広島大学教授

  町 田 宗 鳳

寄  

  稿






物の豊かな社会の中で



大正区仏教青年会会長
萬福寺

鷲 原 知 良
物の豊かな社会の中で




あたり前の苦労を 
ひきうけて生きる



詩 人
NPO法人こえとことばと
こころの部屋代表

上 田 假奈代
あたり前の苦労をひきうけて生きる






祝   辞


大阪市仏教会会長   麻 生 弘 道


 大阪市
仏教青年会が結成して五十周年という輝かしい記念の年を迎えられましたこと、心よりお慶び申し上げます。市仏青は「会員相互の研鑽を密にし、仏教精神の昂揚を図る」を骨子とされて、先人が五十年という永きにわたり、花まつり子ども大会、地蔵盆巡回子ども会等諸々の行事を通して社会教化に大きな足跡を残してこられております。諸先輩をはじめ、関係各位の数々の温かいご支援に感謝申し上げると共に、多くの事業を継続してこられたことに深く敬意を表します。

一口に五十周年と申しますが、その間の実践と運営の難しさは、一時として関係者の脳裏から離れるものではなかったと思います。これまでの十周年、三十周年の節目、或いは様々な紆余曲折に、十年ひと区切りとして捉える機会を得ることは、その実績の客観的と将来の展望の上に、重要かつ意義深いことと存じます。

随分以前のことですが、ヒマラヤ山の登頂に成功した日本人の著名な登山家のお話を聞いたことがあります。高い山になればなるほど、登山家には周到な準備が必要なのは言うまでもありません。そこで綿密な計画を立て、物資の調達をし、その資材を運ぶシェルパ(山登りの為に荷物を運ぶネパール人)を雇います。まず、第一の目的地に向かって出発したところ、幸い天候に恵まれ、日々順調に登ることができました。第一の目的地で一日休息をとり、翌朝、第二の目的地に出発しようとするのですが、シェルパたちの姿がどこにも見えません。彼らはテントの中で瞑想にふけっていたのです。予定より数日早く第一の目的地に着いていたので、もう一日休息をとることにしました。翌朝、いよいよ出発だと勢いこんで整列したのですが、シェルパの姿がまた見えません。彼らは今朝もまだテントの中で瞑想にふけっているのです。登山家はどうしたものかと思い、シェルパの隊長を呼んで尋ねました。「なぜ、シェルパたちは毎日瞑想にふけっていて、出発しようとしないのか」と。隊長の答えは、「我々は天候に恵まれ、あまりにも早く予定地に到達した。我々の身体はここにあるけれども、我々の心はまだ麓の方にある。我々は瞑想して心の到着を待っているのだ」と。

戦後六十一年を迎え、我が国は、経済的には素晴らしい発展を遂げてまいりました。高層ビルの林立、自動車の氾濫、臓器移植、携帯電話、コンピュータの駆使など、粋を競う現代社会の興隆は、まさに一大驚異と言えます。おかげで、私たちの生活文化は向上し、物質文明の恩恵を感ぜずにはいられません。しかし、その反面、機械が人を使っているような矛盾、文明の進歩に遅れまいとする心の焦り、自己本位の競争意識、ついには大自然の有難さを忘れるほど、心の潤いやゆとりも次第に失われてきました。いのちに関わる心の教育や、家庭における躾の問題、子どもを育てる若い親の資質の問題等、私たちに課せられた責務は重いものを感じます。急速な物質文明の進歩と、それをつかさどる人間の精神的進歩の不調和がもたらしたものです。

二十一世紀に入り、早や七年を経過いたしましたが、社会は過去の五十年と全く異なる様相を呈しております。増田会長が掲げる、ありがとうの心(感謝)、おかげざまの心(謙虚)、他を思いやる心(慈悲)を、核家族化し幼児期から仏の教えに触れる機会が少ない青少年の心に如何に育むか、今までとは違った市仏青の展開が期待されます。

いよいよ次の五十年、百年への第一歩を踏み出すところです。新しい将来に向かって大阪市仏教青年会が益々社会教化に活動、発展されますことを心からお祈りいたします。






物の豊かな社会の中で


大正区仏教青年会会長  鷲原 知良


 このたび大阪市仏教青年会が、結成50周年を数えたことは、まことに喜ばしく、また、これを記念する事業活動の一端に携われることをありがたく感じております。私が大正区仏教青年会を通じて活動に参加しはじめたのは、30歳を過ぎてからで、10年に満たない期間ではありましたが、多くの方々から刺激を得て、多くのことを学ばせていただきました。

さて、私たちが青年僧侶として向き合う機会も多い子どもたちについて、相変わらず心配なニュースが目につくようです。先日も、日本の小学生は、中国や韓国に比べて、将来への期待や勉強などに対する意欲が低い傾向があるとの報道がありました。財団法人「日本青少年研究所」が、昨年の秋に東京、北京、ソウルの小学4〜6年生、計約5200人を対象に実施した調査によると、「将来のためにも今頑張りたい」と思う子は、北京とソウルでともに70%を超えたが、東京は48.0%で、「勉強のできる子になりたい」と答えた子も、北京とソウルが80%近かったのに対し、東京は43.1%にとどまったとのことです。(2007年3月8日、読売新聞オンラインニュースより)

同研究所のHPに掲示されている集計結果を見てみると、「どちらかというとそう思う」も含めれば東京の小学生も、それぞれ80%近くが「思う」の回答になるのですが、それでも北京やソウルより10%以上低い数値です。また、「先生に好かれる子になりたい」、「クラスのリーダーになりたい」と思う子の割合が、東京では他の都市の半分以下です。

このような調査データを見ると、将来を担う子どもたちの意識に危惧を抱き、もっと意欲や期待を高めてほしいと感じる人が多いと思います。家庭、学校、地域での教育に問題があると考える人も多いでしょう。私も自ら子どもを育てている最中の親として、子どもを取り巻く社会の現状に憂慮することの多い毎日です。

しかし、同時に考えねばならないことは、このように子どもたちに対して調査を行ない分析しているのは、あくまで私たち大人の側であることだと思います。大人たちの気分が、さらに言えば、大人たちの都合が反映した結果と捉えることも必要なのではないでしょうか。同研究所では、「日本では勉強が出来ても将来の保証にならなくなってきたことの反映なのではないか」と分析しているとのことです。また、親からよく言われる言葉について尋ねたところ、「よく勉強すれば、将来いい仕事がある」を挙げた子は、北京が53.8%、ソウルが41.7%に上ったのに対して、東京は17.8%、「先生の言うことをよく聞きなさい」を選んだ子も東京は20.3%で、北京の45.2%、ソウルの43.7%を大きく下回ったとも報じられています。(同ニュースより)

親たちが、勉強の成果にあまり期待せず、先生の教育をあまり信頼していないとすれば、子どもたちの意欲が高くならないのは、むしろ当然でしょう。そもそも、「親の言うことをよく聞きなさい」を挙げた子も、同様に東京が他の半数以下なのです。(同HPより)経済的に発展した今日の日本では、子どもに努力や我慢を口うるさく言う必要は、それほど多くないのかもしれません。私たちが、青年僧侶として子どもたちと接する際の難しさが、この点にあるように思います。たとえば、「物のありがたさ」や「感謝の気持ち」をどのように説けば、今の子どもたちに、よく伝わるのでしょうか。難しい問題です。

しかし、手をこまぬいているわけにはいきません。物に恵まれた社会であっても、生きている者はみな、老、病、死の苦しみから逃れることはできません。この人間の四苦を見つめ、命をいただいたことに感謝することは、何より大切なことです。考えてみれば、私たちも自分の親たちの世代より、はるかに物に恵まれて育ってきたのです。その豊かさだけを享受して、子どもに大切なことを教えないままでは、将来の日本は多くの人が幸せを感じられない社会になってしまうかもしれません。

仏法を通じて、命の大切さを次の世代に伝えてゆくために、青年僧侶は大いに悩み、かつ大いに学ぶべきと考えます。物と同時に多くの情報に囲まれている現在、「何が正しいか」を判断することが非常に難しい場合も多くあります。だからこそ、過去の歴史に正しく学び、現在の社会と正しく向き合い、そして未来に目を向けることが、青年僧侶に求められる姿勢なのではないでしょうか。仏教の教義を学ぶことも含め、「何が正しいか」について自ら葛藤して学び得たことは、必ず力を持って人に伝わってゆくことと思います。以上、仏法にも社会にも不勉強なまま、青年僧の年齢を過ぎる私の自省とともに、より若い世代の方々への期待を込めて、拙文を記した次第です。






仏教をクリエイトする


広島大学大学院総合科学研究科教授   町 田 宗 鳳

お坊さんには、仏教を墨守するのでも、踏襲するのでもなく、果敢にクリエイト(創造)していってほしいものです。葬儀、法事、墓地のあり方、本堂や境内の社会的活用など、工夫すべき事柄は山ほどあります。

日常の寺務に追われて、そんな迂遠なことを考えるゆとりがないという反論があるのかもしれませんが、それは言い逃れであり、思考の放棄です。日本仏教が世界文明の中で果たすべき役割を認識すれば、現状維持など、到底、選択肢にないのです。現状にあぐらをかいていては、いけないのです。

因習を変革するには、信徒の説得も大変だと思いますが、やる気があれば、必ずできるはずです。でなければ、失礼ながら、やがてお寺は社会のお荷物になってしまうでしょう。

インドで仏教が消えたように、日本の仏教も同じ運命をたどらないとも限りません。人心は、つねに時代に即応した新しい教えを求めているからです。

 私はお坊さんであるような、ないような妙な立場にいますが、語らいの場「風の集い」を全国各地のお寺さんで開かせてもらって、SOHO禅というのを実践しています。SOHOというのは、私の名前でもありますがが、Small Office Home Officeという意味もあります。なぜなら、誰でもどこでも実践できる禅だからです。

どういうことをするのかといえば、坐禅のように足を組んで坐り、ゆっくりと「アリガト」と唱えるだけです。一音一音に心を込めて大きな声で唱えるうちに、塞いでいた心が開かれ、霧が晴れた太陽のように明るくなってきます。集団の声が一つになって、新しいエネルギーを生み出すので、健康にもよいように思います。一種のボイス・ヒーリングです。

私は若いころ、最も頑迷で保守的な寺院組織の一つに籍を置いていた人間ですが、もしも伝統的な坐禅、念仏や題目にこだわっていては、こういうことは思いつかなかったでしょう。私が新しいことをクリエイトするのが大好きなのは、そのことによって、新しい自分が発見できるからです。

ただ、これは仏教をクリエイトする一例として紹介しただけで、寺院それぞれの事情も、お坊さんの個性も異なるわけですから、参考にしてもらえばよいだけです。

一番良くないのは、水が滞ることです。水が滞ると、集まるのはボウフラだけです。水はつねにサラサラと流れているのがいいのです。日本中のお寺に清らかな水が流れていれば、国民は救われます。テキスト ボックス: 町田 宗鳳(まちだ そうほう)
1950年京都市生まれ。幼少のおり、キリスト教会に通う時期もあったが、ふとしたことから14歳で出家。以来20年間、京都の臨済宗大徳寺で修行。34歳のとき寺を離れ、渡米。のちハーバード大学神学部で神学修士号およびペンシルバニア大学東洋学部で博士号を得る。プリンストン大学東洋学部助教授、国立シンガポール大学日本研究学科准教授)、東京外国語大学教授を経て、現在は広島大学大学院総合科学研究科教授、オスロ国際平和研究所客員研究員(ノルウェー)、国際教養大学客員教授、日本宗教学会評議員。研究分野は比較宗教学、比較文明論、生命倫理学。週末は福山市郊外ミロクの里に小庵を構え、非僧非俗の暮らしをする。http://home.hiroshima-u.ac.jp/soho/

地球規模の危機が迫る中で、いつまでも自分の寺や宗旨のことしか考えられないというのは、情けない話です。狭い枠組みでしか思考できないのは、勉強不足だからです。お坊さんの勉強といえば、教学のことと思われるかもしれませんが、今はそれだけで済む時代ではありません。

宗祖が何を言ったか、言っていないかなどの瑣末な議論をして、学問をしたような気になっているお坊さんがいませんか。宗祖たちこそ、こぞって仏教を大胆にクリエイトした人たちですが、その精神を汲まず、その言説に依存しようとするのは、一種の盗人根性です。

あるいは、何かハコモノを作って仏教興隆に貢献した気になっている「普請坊主」という名のお坊さんも、多すぎるように思います。これは何宗にかかわらず、一般的傾向ですが、真に生きている宗教は、豪華な建物を必要としないはずです。

しかも、そういう「普請坊主」の我欲と妄想のために、家計に苦しんでいる檀信徒に寄付を強いたりすれば、堕地獄の罪となります。そんなことをしていれば、そのうちに宗教法人にも、納税義務が求められるかもしれません。

私のこの文章を読んで、きっと腹を立て始めるお坊さんがいるでしょう。そういうお坊さんたちは、自分の体験に自信がないからです。私は、我欲の強いお坊さんに会うと吐き気がします。お坊さんは、どんなに偉くとも謙虚であってほしいものです。

世俗の人のほうが、苦労も勉強もしています。それを知らないで、偉そうにするお坊さんが多すぎます。自分流に仏教をクリエイトしようとする誠実なお坊さんが、一人でも増えれば、日本が元気になります。大阪には、そういうオモロイお坊さんが多いように感じているのですが、どうでしょうか。







あたり前の苦労をひきうけて生きる


詩人   上 田 假奈代

死を想って生きるようになったのはいつ頃かわからない。三歳の頃から作り始めたほとんどの詩は生と死の不思議さへの問いかけだった。思春期を経て、社会というものが不安で自分を信用できなくなった。社会人になってもそれは変わらず、病気を経験してから、やっと一回性の人生を「あたり前の苦労をひきうけて生きる」ことが面白いと思うようになった。情けない自分とともに生きようということだ。詩人とは世界を傍観する人ではなく、役にたたないながらも世界と向き合い生きる人のことだと考えるようになった。

現在は大阪・新世界フェスティバルゲートというジェットコースターが巻きついた取り壊されるかもしれないビルで、舞台とカフェを併設したアート系NPO法人を運営している。「アート」の定義はさまざまあるが、わたしは「生きる技術」あるいは「関係性」、「対話」といったキーワードでアートをとらえている。当法人ではアートによる就労支援事業も実施している。そのため訪れるのは、いわゆるアート関係者だけではなく、ホームレス、ニート、障がいを持つ人、生活保護受給者、精神的な悩みを持つ人、非正規の不安定雇用者、ひとり親、市民活動者、こどもの人など、さまざまである。カウンター越しに突然「死にたい」と泣かれたり、忙しい時に何度も名前を呼ばれ「茶をくれ」と言われて「お茶、百円です」と意地悪を言うこともあるが、正直に弱さのまま受け止めるが実は何も手伝えないことを伝えている。職場の中では精神的なバランスを崩したスタッフの暴力がつづき事務所が仕事どころでなくなったこともあった。そんな日が続くなか、排除しないこと、蓋をしないことをこころがけてきた。要するに誰であろうとも、何かあればしんどくなり、当たり前に苦労をひきうけるしかないわけだ。テキスト ボックス: 上田假奈代(うえだ かなよ)
1969年生まれ。3歳より詩作、17歳から朗読をはじめる。92年から障がいをもつ人や社会人、子ども対象の詩のワークショップを行う。01年「詩業家宣言」を行い、全国で活動をつづける。03年ココルームをたちあげ「表現と自立と仕事と社会」をテーマにホームレスや高齢者、ニート、教育、環境など社会的な問題にも取り組む。詩写真集「うた」を発表。
NPO法人こえとことばとこころの部屋代表、言葉合同会社代表
●サイトhttp://www.kanayo-net.com
●ブログhttp://booksarch.exblog.jp/

さて、この文章を読み進め、「何で稼いでいるのだろう」と疑問に思われた読者もいるだろう。飲食店が殆ど撤退した廃墟のようなビルで、スタッフ5名以上(ひとり暮らし)の生計は事業委託や助成金、わずかなカフェの売り上げで担われている。生活保護費よりも安い給与だが、三六五日、職場には笑いがたえない。利潤を優先するのではなく、社会に向けた問題提起や持ちかけられた悩みを自分自身の問題としてとらえ細々であるが事業化していく過程がみんなで共有される喜びがあるからだ。

この仕事への姿勢は、少し仏教者に似ていないだろうか。経済効率が優先される現代社会では、ささいな悩みや声にならない苦しみを当事者(及びその家族)だけが抱えている。仏教者ができることといったら、潔いまでに手入れした空間でお経を唱え法話をする。そんな間接的な支えがとても少なくなっている昨今、仏の教えによる言葉はこころに風を通すだろう。そしてお布施によって建物が維持され、僧侶及び家族は生計を担う。わたしたちと同じ非営利組織と何ら変わらない。しかし、こころに風を通せるお経を唱え、法話のできる仏教者はどのくらい存在するのだろうか。

縁起のなかに生きているからこそ直接的に行動する仏教者がいる。例えば社会参加としての仏教を実践するティクナットハン。政治とわたりあうダライラマ。日本でも深いテーマでコミュニティの活性化を促す事業を起こす仏教者が活動しはじめている。踏み込んで社会に関わろうとする仏教者は、教科書としての仏教を伝えるのではなく、生きるための仏教の経験として、そこにいる他者に真剣に向かいあおうとしているのではないか。こころに響くお経や法話を裏打ちするためには仏教者自身がどう生きているのかを自分に問いつづけなければならない。問いつづけるという行為は、冒頭の当たり前の苦労をひきうけ、情けない自分とともに生きていくことと同義である。だからわたしはお話が上手な仏教者よりも、口下手でもこころをこめて話を聴いてくれる仏教者が好ましいと思う。その仏教者自身が生きがたさを理解してくれそうだからだ。そしてアクションを起こす仏教者が素晴らしいと思うのは、仏教界だけに閉じこもるのではなく、地域の問題に取り組み、現実の困難に直面し、その経験が社会の変革につながるからだ。さらにその活動が仏教の持つひとつの真実の実践とも考えるからだ。

仏教者とは、受け売りの言葉を伝える人ではなく、当たり前の苦労をひきうけ自分の言葉で生きていく人だ。

     NPO法人 「こえとことばとこころの部屋」COCOROOMのHPはこちらから。



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